運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
25件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1
  • 2

1973-12-20 第72回国会 参議院 商工委員会、物価等対策特別委員会、地方行政委員会、大蔵委員会、農林水産委員会、運輸委員会、建設委員会連合審査会 第1号

、ただいま問題になっておりますニュージーランド周辺の油でございますが、これがちょうど百五十九隻のイカつり船を、私のほうで、この秋口に承認したあとでニュージーランドで石油問題が出ましたので、これがすでに四、五十隻、ただいまニュージーランド方面へ出港いたしておりますが、この油につきましても、全漁連を中心といたしまして、約一万五千キロリットルの油を手当ていたしまして、そして、ニュージーランドの港に、ウエリントン

荒勝巖

1970-03-12 第63回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第2号

救援活動がとりあえず不調に終わったため――とりあえずというのは、多少氷塊がゆるみましたならば、時間の許す限り、つまり引き返す時間の余裕があるならばまた来るという意味においてオビ号が引き返しておるわけでございまして、そのつもりでお聞きをいただきたいと思いますが、三月八日緊急本部連絡会を開催し、米国砕氷艦の「ふじ」救援米国政府に依頼したのでございますが、米国砕氷艦エディスト号は、緊急部品を携行してウエリントン

坂田道太

1968-05-16 第58回国会 衆議院 本会議 第34号

わが国は、ニュー・ジーランドが一九六六年一月から、メキシコが一九六七年二月から、それぞれ国内法により、沿岸から十二海里までの漁業水域を設定したことに対して、沿岸国の一方的な措置による漁業水域の設定は国際法上認められないとの立場から異議を唱え、この問題につき、ニュー・ジーランド及びメキシコとの間に交渉を行ないました結果、合意が成立したので、ニュー・ジーランドとの間には昨年七月十二日ウエリントンで、また

秋田大助

1967-05-19 第55回国会 衆議院 外務委員会 第5号

わが国ニュージーランドとの間で昭和三十八年一月三十日に署名された所得に対する租税に関する二重課税回避及び脱税防止のための条約は、昭和三十八年一月三十日に署名され、同年四月十九日に発効いたしておりますが、政府は、これを改正する議定書締結につき昭和四十一年六月以来ニュージーランド政府との間で交渉を行ないました結果、最終的合意に達し、昭和四十二年三月二十二日にウエリントンにおいて野見山臨時代理大使

田中榮一

1967-04-25 第55回国会 参議院 外務委員会 第3号

わが国ニュー・ジーランドとの間で昭和三十八年一月三十日に署名された所得に対する租税に関する二重課税回避及び脱税防止のための条約は、昭和三十八年一月三十日に署名され、同年四月十九日に発効いたしておりますが、政府は、これを改正する議定書締結につき昭和四十一年六月以来ニュー・ジーランド政府との間で交渉を行ないました結果最終的合意に達し、昭和四十二年三月二十二日にウエリントンにおいて野見山臨時代理大使

田中榮一

1966-07-20 第52回国会 衆議院 外務委員会 第1号

それは、ジョンソン構想が発表されて日本が積極的になって出資をきめたというふうに断定されたようでございますが、さっきお引きになりましたウエリントン会議では、アジア開銀設立することにつきまして数カ国の共同提案で一つの決議ができたわけでございます。その際には日本共同提案国になって、設立側に回っておったのでございます。その際はアメリカは、先生もおっしゃいましたように、必ずしも協力的でなかった。

滝川正久

1966-07-20 第52回国会 衆議院 外務委員会 第1号

○穂積委員 ウエリントン会議の報告の私の見たものでは、アジ銀設立することに反対はしない。そういうことを私は言っていませんよ、アジ銀に反対したなんということは言っていない。アジ銀に参加し、しかも出資をするかしないかについて、出資をするとは言っていない。出資をしないということを明言しておるわけです。どうですか。

穗積七郎

1966-06-27 第51回国会 参議院 大蔵委員会 第30号

その後、六五年の三月にウエリントンで第二十一回のエカフェ総会がございまして、朝海外務省顧問首席代表として出まして、その決議によりまして、九カの政府任命専門家諮問委員会を設置して、アジア開銀設立の推進に当たる旨の決議を採択されたわけでございます。この決議に従いまして、同年の六月から八月にバンコクにおきまして、専門家諮問委員会というのが九カ国から任命されました。

鈴木秀雄

1966-05-11 第51回国会 衆議院 外務委員会 第15号

アジア開銀が一九六〇年春の十六回のエカフェ総会で打ち出されましてから、一九六一年に三人委員会ができて、その次に七人委員会がつくられて検討をされて、さらに、一九六四年の十月に十人委員会バンコクで開かれて、アジア開銀具体的構想がほぼまとまってきましたけれども、その後一向に進まないで、一九六五年の三月にニュージーランドウエリントンで開かれたエカフェ会合でもきまらなかったわけです。

戸叶里子

1966-05-11 第51回国会 衆議院 外務委員会 第15号

そこで、いま御説明が国連局長からありましたけれども、ただ、私どもがたいへんにふしぎに思いますのは、御承知のように、一九六五年の三月にニュージーランドウエリントンエカフェ会合が開かれたわけです。そこではアジア開銀はきまっておらなかったわけですね。ところが、それから間もなく四月七日のボルチモアでのジョンソン大統領の演説があって、それからすぐ次にはアジア開銀構想がぱっと出てきたわけです。

戸叶里子

1963-02-26 第43回国会 衆議院 本会議 第10号

政府は、従来から関係の深い諸国との間に所得に対する二重課税防止のための条約締結について努力して参りましたが、このたび連合王国オーストリアニュー・ジーランドの三カ国との間に交渉が妥結し、連合王国とは昨年九月四日東京において、オーストリアとは一昨年十二月二十日ウィーンにおいて、また、ニュー・ジーランドとは本年一月三十日ウエリントンにおいて、それぞれ条約署名を行なったのであります。  

正示啓次郎

1958-10-07 第30回国会 参議院 外務委員会 第2号

におけるこのような対日差別待遇を一日もすみやかに撤回せしめるため、従来から機会あるごとにニュー・ジーランド政府との間に公式、非公式に折衝を続けてきた次第でありますが、本年五月ごろ東京におきまして在本邦ニュー・ジーランド大使館との間に通商協定締結方に関し、予備的な折衝を行なった結果、ニュー・ジーランド側においても通商協定交渉開始につき、原則的に異議ないことが確認されたため、本年七月下旬代表団ウエリントン

竹内俊吉

1958-10-03 第30回国会 衆議院 外務委員会 第1号

ニュージーランドにおけるこのような差別待遇を一日もすみやかに撤回せしめるため、従来から機会あるごとにニュージーランド政府との間に公式、非公式に折衝を続けてきた次第でありますが、本年五月ごろ東京におきまして、在本邦ニュージーランド大使館との間に通商協定締結方に関し予備的な折衝を行なった結果、ニュージーランド側においても通商協定交渉開始につき原則的に異議ないことが確認されたため、本年七月下旬代表団ウエリントン

竹内俊吉

  • 1
  • 2